top of page

浜松への旅?

2013年8月9日
読了時間: 3分

更新日:2 時間前

皆さん、こんにちは。

浜松旅行記第2回です。

次はなんといっても強烈な印象の「竜ケ岩洞」(りゅうしがどう)

ここは、浜松市北区引佐町にある浜松インターから30分、浜松いなさインターから10分のところにある鍾乳洞なんですが‥すごい鍾乳洞なんです!

竜ケ岩洞の入口↓

​

「ようこそ竜ヶ岩洞へ」の看板が掛かる、竜ヶ岩洞の洞窟入口

​

ここは、1981年に戸田貞雄さんという人がたった一人で一輪車に泥を積んでは運び出し、鍾乳洞があるはずだと掘っていたのがはじまりです。

戸田さんはこの鍾乳洞のある引佐町で生まれ育ちました。小さい頃から働き者だった戸田さん、二度の戦地出征から帰ったあとは、材木の会社を立ち上げました。

常に自分の会社の利益だけでなく、仕入れ先や得意先、まわりにも得があるように願いながら仕事を進めました。

また、ふる里がさびれていくのを惜しみ、観光協会を立ち上げ公園や山の家、川の家、奥山高原など次々と観光事業に着手しました。

​

手すりのある細い岩の通路を、奥へ進む見学者の後ろ姿(竜ヶ岩洞)

​

←鍾乳洞に入っていく時はワクワク! ひんやりした風が気持ちいい?。

この鍾乳洞がある竜ヶ石山も、もとの持ち主は戸田さんではなく、石灰石を採る事業をしていたところでした。しかし、そこの経営がたちゆかなくなり撤退するということで、それでは働いている人が困るだろうと戸田さんがこの土地の持ち主となり採石場にしました。

ところが、その採石場も休業となり、この竜ケ石山がだんだんさびれていくのを寂しく思っていた戸田さんは大正時代にここに小さな鍾乳洞があったことを思い出し、もっと大きな鍾乳洞を見つけ、観光地にし、人を呼んで活性化できないかと考えます。その時戸田さん73歳!

戸田さんは早速一人で洞窟の中に入り一輪車で粘土を積んでは運びだすことをはじめます。

この間、戸田さんは、危ないと心配し、またそんな道楽のようなことをしても無駄ではと言う家族の反対を押し切り、山の中の小屋に一人で住んで作業を続けていました。また、周りの人も洞窟の作業なんてこわいし、暗くて気味が悪いと誰もほとんど手伝ってくれませんでした。

しかし、必ず新たな鍾乳洞はあるという希望を信じた戸田さんは一人でも作業を進めます。そこへ洞窟愛好家という若い二人がたまたまこの場所に来、この二人も作業に加わったことで、勇気を得て作業を進め、ついに鍾乳洞を見つけます。

↓実際に掘り進んだ穴。どのように進んだかパネルで表示してあります。

​

洞窟の岩の隙間を這って進む人形の展示(竜ヶ岩洞)

​

戸田さんがこの鍾乳洞掘りを初めて5ケ月後には大広間といわれるところに到達、そしてその1ケ月後ついに黄金の大滝といわれる、大きな滝がある場所に到達しました。ここは実際通りましたがすごく迫力のあるところです。

ここを発見された時はさぞや感動されたと思います。

さてこうなると周りもほっておきません。戸田さんの言っていたことは本当だったんだと家族や町の人々も協力しはじめ、観光事業にしようと町ぐるみで進めていきました。

その後、調査と開発がすすめられ、この鍾乳洞は一般公開されるに至りました。

戸田さんが一人で洞窟に入って調査し始めてから2年2カ月のことでした。

一般公開されるやいなや大勢の人が押し寄せ、戸田さんたちが思った以上の観光スポットとなりました。

平成17年には入洞者1000万人を記録しています。

しかし戸田さんは一般公開されて3年後、78歳でその生涯を閉じられました。

その後、ここの鍾乳洞の所長を戸田さんの息子さんが務めて、息子さん亡き後お孫さんが務めています。

はじめに開発に携わった洞窟愛好者の方も今もこの鍾乳洞の発展に貢献されています。

さて‥私がなぜこんなことに詳しいのかといいますと‥

​

表紙に黄色いヘルメットの男性を描いた、漫画「竜ヶ岩洞物語」の本

​

←この鍾乳洞の売店に創設者戸田さんの半生が漫画になったものが売られていたので買って読んだからです。とても詳しく面白く書いてあります。

 
 

地方発送・ギフト発送も承っております。
お気軽にお問い合わせください。

お電話でのお問い合わせ

平日 / 10:00~18:00
日・祝・盆・年末年始 / 10:00~17:00
年中無休 (元日を除く)

メールでのお問い合わせ

​フォームでのお問い合わせ

bottom of page